東大セミナー通信

2008.08.01塾長メッセージ

「学習量で夏を制す」


よく学習の質と量と言われるが私は圧倒的に量が大切だと思う。もちろん質が良いことに越したことはないが、量から生み出された質でないと何処か借り物の観は免れず胡散臭い。学習法についても然りだ。知識として学習の仕方を指導者から学んでも、それを自分でやってみて手ごたえを掴まないと身に付いたものにならない。
集中力も同じである。一定の時間量を継続的にこなしてこそ身に付くのであり、細切れ勉強ではとうてい無理というものだ。その点、まとまった時間が取れる夏休みは、学習の量を増やしつつ質を上げ集中力を発揮する絶好の機会だ。
最近、職人の世界に興味を持ち何冊かの本を読んだ。大変食いしん坊なので職人といっても鮨職人のものである。先ごろミシュランで三ツ星をとった「すきやばし次郎」「鮨 水谷」の二件が紹介されている『鮨に生きる男たち』を手にする機会があった。16人の鮨職人の生い立ちから、この世界に入った動機、修行時代の苦労話など興味深く読んだ。著者は無類の鮨好きで、観察が細かく思わず店頭に居るような感覚に陥った。どの職人にも共通していることは、江戸前鮨の職人としての強烈な矜持、向上心を持ち続けていることだ。鮨の人間国宝に値すると評される「すきやばし次郎」の小野二郎さんは、80歳を超えた今でもつけ台に立ち、通人達を唸らせている。
彼は40歳を超えたあたりから外出時には必ず手袋をはめているという。鮨職人の命というべき手を守るためだ。酢飯を人肌の温度で保つと手に米粒がつかないという。「最近手に米粒がつくようになりました。ダメですね」という彼の言葉が象徴するように、常に完璧を求めて追求する彼の姿勢に感動する。超一流と言われる人ほど、現状に満足することなく問題意識を持ち続け努力する。それにここに至るまでには膨大な数の鮨を握り腕を磨いてきたことを見逃してはならない。若手職人などは、閉店後夜遅くまでおからで握りの練習をするといわれる。職人の世界は膨大な練習量の世界でもある。そこから類まれな技術が生まれる。

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