東大セミナー通信

2021.10.05保護者通信

今月のおススメ本:「10代から知っておきたい あなたを閉じこめる「ずるい言葉」」


皆さんこんにちは。東大セミナーの篠原です。

今月おススメする本は“10代から知っておきたい あなたを閉じこめる「ずるい言葉」”です。

 


目次

0.本の情報

1.この本をおすすめしたい人

2.この本のおススメポイント1「大人にも子どもにも日常会話に気づきを与えてくれる」

3.この本のおススメポイント2「人の内面についてより理解できる」


 

 

 

0.本の情報


 

著者:森山至貴

出版社:‎ WAVE出版

価格(税込):1540円

 

 

 

1.この本をおすすめしたい人


  • ・日常の会話の中で、自分は悪くないのにうまく丸めこまれてしまい、自分が悪いことにされた経験がある人
  • ・自分のためを思って言ってくれた言葉に対して、ありがたいと言うよりもなんだか腑に落ちずモヤモヤした経験がある人

 

 

 

2.大人にも子どもにも日常会話に気づきを与えてくれる本


「あなたのためを思って」

「友達にいるからわかるよ」

「傷ついたのもいい経験だったね」

…このような言葉を日常の中で耳にし、それについてモヤモヤした経験はないでしょうか?

 

「あなたのためを思って言っているんだよ」は、本書の冒頭で「ずるい言葉」として挙げられています。本来「あなたのことを思って」という言葉は、相手を思いやっているからこそ言えますよね。では、どうして「あなたのためを思って言っているんだよ」が「ずるい言葉」になのでしょうか?

 

例えば、こんな会話が紹介されています。


女の子

「高校に入学したらダンス部に入りたい」

 

大人

「大学受験に向けて勉強しなくてはならないのだから、部活動なんかやっている暇はない。」

 

女の子

「勉強だけがすべてじゃないって昔は言ってたのに、ずるい」

 

大人

「とにかくダメなものはダメ。あなたのためを思って言っているんだよ。


 

もし自分自身が女の子の立場だったら、「私のためを思って言ってくれた言葉だから、ダンス部へ入部できなくても仕方がない」と思えるでしょうか?ダンス部への入部を諦めることは、本当にその女の子にとって「ためになる」ことでしょうか?

ダンス部に入りたい人にとって、ダンス部に入部することは「自分の自由意志」のもとに選択して自分の希望を叶えることですよね。それが本人にとっての一番の願いだとすれば、発言する人が「あなたのためを思っている」という言葉で、相手の自由を奪うことは、単に「発言者が思う正しさ」を押し付けているだけではないでしょうか。

 

今まで「あなたのためを思って言っているんだよ」と言われていた側の人であれば、今までただモヤっとしていただけだった日常会話に、気づきを与えてくれると思います。逆に、「あなたのためを思って言っているんだよ」と言ったことのある人は、別の感想を抱くかもしれません。大人と子ども、読む人によってさまざまに感じ、感想を言い合うとまた新たな発見があると思います。

 

 

 

3.この本のおススメポイント2「人の内面についてより理解できる」


そして、私がこの本の中で最も印象に残った「ずるい言葉」は、「別に知りたくないから黙っていてくれれば良かったのに」というものです。このようなシーンが紹介されています。


男の子

「家計が苦しいから、高校に入学したらバイトして自分の学費にあてようと思っているんだ」

 

女の子

「えらいねー。なかなかできることじゃないと思うよ」

 

男の子

「ほらうち、父親がうわ気して家を出ていっちゃったからさ、母子家庭なんだよね」

 

女の子

「いや、それは別に知りたくないから黙っていてくれればよかったのに


 

辛い状況を打ち明けた男の子の側からすると、「この人なら打ち明けても大丈夫」と思って伝えたしんどい状況を「聞きたくなかった」と返されて、さぞショックだろうと思います。

 

私自身も、自分の悩みを友人に打ち明けた際に、「ネガティブなことばっかり言わないで。こっちまでネガティブになるんだけど。」と言われたことがあります。

 

その当時、私は「人の話をネガティブに捉えるおめーがネガティブなんだろ。」と反発してしまうネガティブさに加え、ネガティブ状態の自分はそういう言葉がけでポジティブになれ無かったので、全くその人の言っていることを受け入れる気になれませんでした。今から思えば、友人の態度は「自分は人からネガティブな話を聞かない権利がある!これは正当防衛だ!」と言わんばかりで、当時の私からは悪人にしか見えなかったのです。

 

では、冷たくあしらう側は本当に悪人なのでしょうか。いいえ、本書によるとそうではありません。何故、辛いことを打ち明けられたときに、冷たくあしらってしまうのか。それは、その人の中に「良心」があるからです。良心があるからこそ、他人の悩みを聞いて「助けなきゃ」とか「支えなきゃ」と積極的に関わろうとする。けれども、この「助けなきゃ」「支えなきゃ」という良心を受け止めきれず、相手のしんどい状況をとっさに否定しにかかってしまうことがあるのだそうです。「冷たくあしらう」という行為の裏に良心がある…私はこの点に、長い間気づくことができませんでした。何故相手がああいう態度に出たのか、この本を読んでより理解を深めることができました。

 

因みに、この男の子は、具体的に何かを助けや支えを求めていたのでしょうか?そうではありません。ただ自分の置かれた状況を誰かに知ってほしかっただけなのです。「そうなんだ。大変なんだね。私にできることがあれば言ってね。」・・・ただそれだけの言葉で良いのです。

 

この本は、じっくりと読んでいけば、自分が体験した「なんだか腑に落ちなかったな」という体験と共通するものが見つかるのではないかと思います。そして、この本を通して自分や他の人の内面を理解するのに役立つと思います。

 

 

 

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