たいていの人は職業を持っている。その職業によって生活の糧を得、家族を養う。
しかし職業はただそれだけのものだろうか。職業というからには必ず相手があり、それぞれが有機的に結びついているということができる。そう考えると、職業は社会の相互扶助の一環を担っているということができる。人はそれぞれ得意な分野があり、その能力を活かして特定の職業につき、それを通して社会に奉仕することが職業の意義だと思われる。
その職業を通して社会に奉仕することで収入を得ることができ、それは奉仕に対する報酬である。いや「奉仕」というからには謝礼という方が適切かもしれない。当然、謝礼は適正なものでなければならず過大であっても、過小であってもうまくいかない。まして職業に絡んだ不正のお金など埒外である。職業に貴賎なし、それぞれに掛け替えのないものである。人は自らの職業に専門性においても、倫理性においても矜持を持つべきである。
論語に、子曰く「利によって行えば怨み多し」とある。利己的な利益の追求は他と衝突し、結局自分自身の場合でもやがて矛盾がおきる。「すべて自然は自立的統一体で各己が他己と相関連し、そのまま全体に奉仕するようにできておるものですから、自己のわがままを許しません」(※1)という碩学の言葉がある。『春秋左氏伝』に「義は利の本なり」、「利は義の和なり」とあり、結局は人間の自らを省みる冷静な判断が重要なのである。
東セミグループは「志教育」を行っている。この志によって「人間が本来もっている徳性・理性により反省が生まれ、たんなる我欲の追求としての『利』との弁別が立つ」(※2)。「志」といっても正しい職業観に裏打ちされて始めて意義あるものになる。この点で我々指導者には深い人間観と高い見識が問われ、心してあたらなければならないと考える。生徒はもちろん、ご父母の皆様には学習の動機づけとしての「志教育」に今後ともご理解を賜れば幸いである。
(※1)安岡正篤 著「論語の活学」P146
(※2)安岡正篤 著「論語の活学」P107
他に、今道友信 著「「わが哲学を語る」から強い示唆をうけた
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