東京で大学受験浪人をしているとき、予備校の現代文のテキストのなかで森有正の文に出会った。確か一橋大学の入試問題だったと思うが、いたく難しい問題でさすが一橋と思ったものである。出展は「遥かなるノートルダム」という随筆であり、その四季折々の描写が美しく、その中で著者独自の哲学論が展開されているものであった。その入試問題に手も足も出なかった私は、さっそく筑摩書房の同書を購入し繰り返し読んだことを記憶している。
いくつかの短編の随筆からなる同書であるが、一貫して追求している命題は「経験」についてであった。著者によると、私たちが自ら経てきた出来事、機会といったものを「体験」として著者の言う「経験」と区別する。「経験」とはあくまで自らのうちに問題意識をもち続け葛藤することで常に変化するものであり、時に自己矛盾すら起こるものであるとする。
「経験とは対象と自己との障害意識と抵抗の歴史である」という著者の言葉に集約されるように、常に能動的なものであり、単にそういう体験をしたというものではない。 森有正の「経験」論から私たちは一つの命題を粘り強く追求する姿勢と問題意識をもち続けることの重要性を学ぶことができる。政治における民主主義についても国民のこのような姿勢が肝要であり日本の民主主義に一抹の危うさを感じていたと思われる。 同書は私の青春時代に邂逅し影響をうけた書物の一つであるが、そのきっかけは受験勉強を通してであった。それを機にどんなに難しい問題文(入試として切り取られた)であっても全体を読めばその考えが理解できるという自信を同書は与えてくれたように思う。
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